投資家にとって株価の上昇や下落は日々の利益に直結します。しかし、企業にとって株価を上げる理由は投資家とは異なります。
株式を発行している企業側から見ると、株価の影響が最も大きいのはIPO(新規株式公開)のときであり、その後の市場での株価変動は一見すると無関係に思えるかもしれません。
それにもかかわらず、上場企業は株主や投資家に向けてIR(投資家向け広報活動)を行い、株価に関する情報発信に大きな労力を割いています。
本記事では、その背景にある企業が株価を意識し、上げようとする背景やメリットを解説します。
1. 株価上昇が資金調達に有利になる理由
株価が高い企業は「企業価値(時価総額)が高い」と評価され、市場や金融機関からの信用力が格段に高まります。
この信用力は、資金調達のあらゆる場面でプラスに働きます。
株式会社が新たに資金を集める主な方法は次の3つです。
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銀行からの融資
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新たに株式を発行する「増資」
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社債の発行
銀行融資で有利になる理由
お金を借りるときは必ず利息が発生しますが、その条件は信用力によって大きく変わります。
たとえば、1億円の資産を持つ会社員Aさんと、来月の家賃も危ういBさんが、同じ100万円を借りるとします。ほとんどの人はAさんに貸すでしょう。Bさんは返済不能になるリスクが高いため、貸す側は金利を高く設定します。
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Aさん:1年後に101万円(年利1%)
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Bさん:1年後に110万円(年利10%)
企業も同じです。株価が高い=信用が高い企業は、銀行から低金利・長期間で融資を受けやすくなります。さらに株式を担保に融資を受けるケースもあり、株価が高いほうが低いリスクで融資を受けることができます。
新株発行でも株主に有利
新規事業や設備投資のために株式を新たに発行する場合、株価が高い企業なら少ない株数の発行で同じ額の資金を調達可能です。
新株発行は株式の希薄化を伴うため、一般的には既存株主にとって不利とされがちです。しかし、株価が高い企業であれば、少ない株数の発行で同額の資金を調達できるため、希薄化の影響を最小限に抑えることが可能です。
たとえば、1億円の資金を調達する場合、株価が10,000円の企業なら1,000株の発行で済みますが、株価が1,000円の企業では10,000株の発行が必要になります。結果として、株主の持株比率の低下幅が大きく異なり、前者の方が株主にとって有利な新株発行となります。
株価が高いということは株式の希薄化(既存株主の持ち分が薄まること)を最小限に抑えられ、株主の利益を守りつつ資金を確保できます。
社債発行でも好条件
社債とは、企業が投資家から資金を借り入れるために発行する債券であり、一定期間後に元本と利息を返済する義務があります。
社債発行による資金調達は、企業の信用力によって条件が大きく左右されます。信用が低い企業は、投資家のリスクを補うために高い利率を設定しなければならず、結果として利息負担が重くなります。一方、株価が高く信用力のある企業は、低い利率でも投資家の信頼を得やすく、好条件で社債を発行できます。
今トヨタと日産のどちらにお金を貸したいですか?同じ条件だったらトヨタのほうが安心じゃないでしょうか?トヨタと同じ条件では日産はお金を借りられないので利率を上げて貸す必要があるのはイメージが付きやすいですよね
たとえば、同じ10億円を調達する場合でも、信用力の高い企業(トヨタ)なら1.5%の利率で済むのに対し、信用力の低い企業(日産)では5%の利率が必要となり、年間の利息負担に大きな差が生じます。
2. 株価とM&A・買収防衛の関係
株価が高い企業は、M&A(企業の合併・買収)において非常に有利な立場を取れます。
自社株を通貨として使った買収が有利になる
M&Aには現金を使った買収だけでなく、株式交換による買収があります。
株価が高い企業は、少ない株式発行で相手企業の株式と交換できるため、既存株主の持ち分をあまり減らさずに買収を実行できます。例えばGoogleがYouTubeを買収した際も、自社の株式を利用しています。株価が低い企業が同じことをしようとすると、多くの株式を発行しなければならず、既存株主の持ち分が大きく薄まってしまいます。そのため交渉力でも不利になります。
敵対的買収の防止
敵対的買収とは、経営陣の合意を得ずに市場から株式を大量に買い集めて経営権を奪う手法です。
株価が低い企業は、この買収資金が比較的少額で済むため、ターゲットになりやすくなります。
例えば、発行済株式が1億株ある会社の株価が1,000円なら、理論上1,000億円程度の資金で全株式を取得可能です(実際は過半数取得で支配可能)。
しかし、株価が5,000円なら同じ企業を支配するのに5倍の資金が必要になります。
株価の低い企業=買収コストが安い=狙われやすい
株価の高い企業=買収コストが高い=割に合わない
創業者にとっては経営の独立性を保つことができるというメリットがあります。
3. 株価がブランド力や採用に与える影響
株価が高い企業は市場から「信頼されている」と評価されます。これは単なる数字の話ではなく、企業ブランドや人材戦略に直結する大きな意味を持っています。
顧客・取引先との信頼性が高まる
株価が高い=市場からの評価が高い企業は、顧客や取引先に対して「安心して取引できる相手」と認識されます。
たとえば、同じ条件で契約する場合、株価の高い企業のほうが「財務が安定している」「倒産リスクが低い」と見なされ、契約獲得の成功率が高まります。
採用活動で有利になる
株価が高い企業は、求職者から見ても「成長性のある会社」「将来が安心できる会社」と映ります。
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応募数が増える → 母集団が広がり、優秀な人材を採用しやすくなる
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ブランド力がある → 学生や転職希望者にとって“憧れの企業”になりやすい
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内定辞退率が下がる → 株価が安定している企業のほうが入社後の安心感がある
人材会社でも「株価が好調な企業=人気が高い」という傾向が強く、採用活動の成否に大きく影響します。
ストックオプションや株式報酬が魅力的になる
近年は報酬の一部としてストックオプション(将来自社株を安く買える権利)や株式譲渡制度を取り入れる企業が増えています。
株価が高いほど、従業員にとってその価値は大きくなり、「この会社で頑張れば自分の資産も増える」というモチベーションにつながります。
私の前職である某大手人材会社でも、管理職昇進時に自社株を譲渡する制度がありました。株価があがれば自分の資産が増えると考えると仕事に対してのモチベーションもあがりますよね
従業員のモチベーション・企業文化の向上
株価が高いことは、従業員にとって「自分たちの努力が市場から評価されている証拠」です。
この実感は、社員のモチベーションを高め、前向きな企業文化を醸成します。
さらに、「株価=会社の健康状態」という意識が共有されることで、従業員全体が成長志向を持ちやすくなります。
まとめ
今回は「なぜ企業は株価をあげようとするのか?」について解説してきました。
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資金調達を有利にするため
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M&Aや買収防衛で有利になるため
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ブランド力や採用力を高めるため
少しでも皆様のお役に立てば幸いです。最後までご覧いただきありがとうございました。