― 行動経済学を形づくった3人の経済学者 ―
私たちは普段、自分なりに考えて判断しているつもりでいます。
しかし振り返ってみると、「なぜあの選択をしたのだろう」と首をかしげたくなる場面も少なくありません。
こうした人間の判断の不思議さに正面から向き合い、経済学の前提そのものを書き換えたのが行動経済学です。その重要性は、ノーベル経済学賞という形でも評価されてきました。ここでは、その流れを決定づけた3人の研究者を紹介します。
最初に名前が挙がるのが、ダニエル・カーネマンです。
もともと彼は経済学者ではなく、心理学の研究者でした。人がどのように判断し、どこで間違えるのか。その仕組みを実験とデータで積み上げてきた人物です。
カーネマンが示した重要な発見の一つは、人間の判断の多くが「考え抜いた結果」ではなく、「直感的な反応」によって行われているという点でした。私たちは論理的に考えているつもりでも、実際には速く自動的に働く思考に強く依存しています。そしてその直感は、損失を過剰に恐れたり、最初に見た情報に引きずられたりと、驚くほど偏りやすい。
この視点は、「人は常に合理的に行動する」という従来の経済学の前提を根本から揺さぶりました。だからこそ、心理学者であるカーネマンが経済学のノーベル賞を受賞するという出来事は、大きな意味を持っています。
日常や仕事に置き換えると、この考え方は非常に実用的です。感情が大きく動いている場面では判断の質が落ちやすいこと、直感を完全に信頼するのは危険であること。その前提を知っているだけでも、重要な決断を一呼吸置いて考えるきっかけになります。
次に登場するのが、リチャード・セイラーです。
彼は、人が不合理であるという事実を「だから仕方ない」で終わらせませんでした。むしろ、不合理な人間を前提にしたほうが、社会はうまく設計できると考えたのです。
人は先延ばしをし、目先の利益に弱く、複雑な選択を避けがちです。セイラーは、こうした弱さを責めるのではなく、最初から織り込んだ制度や仕組みを作るべきだと主張しました。その発想から生まれたのが、強制ではなく自然に行動を後押しする考え方です。
たとえば、貯蓄や年金制度で「何もしなければ加入されている」状態を作るだけで、多くの人が将来に備えるようになります。選択の自由は残したまま、環境を少し整える。セイラーの研究は、行動経済学を現実社会に落とし込む強力な道具になりました。
仕事や日常生活でも、この考え方は応用できます。意思の力に頼るのではなく、続けたい行動が自然に選ばれる仕組みを用意する。行動経済学が「実践的な学問」と呼ばれる理由が、ここにあります。
最後に紹介するのが、ロバート・シラーです。
彼は、人間の心理が個人の判断だけでなく、市場全体をも動かしていることを示しました。
株価や不動産価格は、本来なら企業価値や将来収益といった情報に基づいて動くはずです。しかし現実には、楽観や恐怖、流行や物語によって大きく振れます。シラーは長期データの分析を通じて、市場が必ずしも合理的ではないことを明らかにしました。
この視点は、行動経済学と金融の世界をつなぐ役割を果たしています。市場が過熱しているときほど、「なぜ皆が強気なのか」を一段引いて考える必要がある。逆に、悲観一色のときにも同じことが言えます。
ビジネスや投資の場面では、数字だけでなく「空気」や「語られているストーリー」に目を向けることが重要になります。シラーの研究は、流れに飲み込まれすぎないための視点を与えてくれます。
この3人に共通しているのは、人間の非合理性を否定しなかったことです。
完璧に判断できる人間像を前提にするのではなく、迷い、偏り、感情に揺れる存在として人を捉え直した。その結果、生まれたのが行動経済学です。
行動経済学は、自分を賢く見せるための学問ではありません。
むしろ、「人は間違える」という現実を受け入れたうえで、どうすれば後悔の少ない選択ができるかを考えるための知恵です。
自分の判断を少し疑ってみる。
環境や仕組みに助けてもらう。
市場や空気を一歩引いて眺める。
その姿勢こそが、行動経済学が私たちに教えてくれる、最も実践的な価値だと言えるでしょう。
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